適応障害で辛い時どうやって立ち直ったか

私にとって適応障害になった経験は、人生最大の挫折であったと同時に最良の経験でした。

もしあの時に適応障害になっていなかったら、きっといま全く違う人生を歩んでいるんだろうなと思います。

そして、きっとそれは苦しくて幸せじゃない人生だろうな、とも。

それくらい私にとって、適応障害の経験は私の価値観や在り方をまるごと変えたことであり、人生で初めて自分で自分を認められた経験だったとも思います。

適応障害になった時の状況

適応障害というのはつまり、やっていることや環境に適応できていないから鬱状態を引き起こすということなのですが、つまるところ当時の私というのは“自分に合っていないことを、自分の気持ちを無視をしてやり続けていた”のです。

適応障害になった2020年1月2日、私はApple Japanでストアスタッフとして働いていました。

憧れの外資系企業、給料や福利厚生も申し分ない、恵まれた環境でした。

ですが私にとっては、とにかく職務内容が向いていなかったのです。

ストアで働くということはいわゆる接客業なのですが、当時を振り返ると接客が向いていなかったというよりは、Appleストアは当時も今も沢山の外国人が訪れますが新製品発売の際などは特にとにかく中国人がひっきりなしに訪れて来ます。

彼らが購入していくのは決まってiPhoneなのですが、iPhoneを購入する中国人の列がずっと絶えないくらい。

私はとにかく単純作業や繰り返し作業が苦手で、そういったことをしていくとだんだん心を失くしていく感じがするのです。

「私は何をやってるんだろう…」と。

何かを生み出したり企画したりすることが大好きな私にとって、上記のようなことはとにかく自分を殺して目の前のやるべきことをやるというようなことでした。

当時はそれだけでなく、アーティストになるためにライブ配信を毎日頑張っていて、それも自分の心を壊していく一つでした。

当時の私は上手くやりこなすということができなくて、ファンの方やオーディエンスに求められる自分を演じて、かなり無理をしていました。

心理学によると、人が1番疲れるのは「明るい自分を演じているとき」だそうです。

自分を演じているときは、本当の自分と他者に見せる姿のギャップで脳や心が大きなエネルギーを使うため、最も疲れを感じやすいとされているそう。

もともとストレングスファインダーの素質TOP5に“指令性”というのがあり、率直に意見が言えることが強みであり喜びなのに、そうでない自分を生きてしまっていたのです。

そうしてだんだんと私の心は壊れていき…、2020年1月2日朝目覚めたら鉛のように身体が重くベッドから起き上がれなくなりました。

人生で初めて精神科に行き、適応障害と診断され、薬を渡されました。

その時の私の感想は、「えっ、これだけ…?」でした。

精神科の先生は寄り添っている感じには見えましたが、ただ話を少し聞いて薬を出されるだけ。

そのことに違和感を感じました。

薬って本当に必要なのか?

ってかそもそもこんだけしか話してないし、ちょっと質問に答える検査みたいなのをして出された薬飲んでもいいの…?

私は専門家ではないのであくまでもいち個人の意見として聞いてくださいね。

ヨガを始めて心の平穏が訪れる

そこに違和感を覚えた私は、ある日たまたまYouTubeでヨガの動画を見かけます。

ずっと家にいたし、暇だったんだと思います。笑

今でも大好きなウェルネス系の発信をされているWellness To GoのArisaさん。

一番最初にやったArisaさんのヨガ動画はどれだったか覚えていませんが、当時コロナ禍だったこともあって今の夫(当時は彼氏)も家にいることが多かったため、毎朝彼とZoomを繋いでArisaさんのヨガを一緒にするということが習慣になりました。

Arisaさんの「ヨガポーズが取れなくても気にしないで大丈夫!」みたいな感じがいい感じにゆるくて、声も聞きやすくて、だんだんとArisaさんのヨガを通して自分の中心に還っていってる感覚がありました。

瞑想が感謝することを教えてくれた

そうして数ヶ月が経ち、Arisaさんが瞑想のコースを販売されて、なんとなく「今の自分に必要なことのような気がする!」とビビッときて、2020年7月に申し込み瞑想を始めました。

人間が習慣化するのに必要なのは21日間(3週間)ということで、Arisaさんの瞑想コースも21日間完結のものでした。

この21日間というのが絶妙でやりやすかったんだと思います。

適応障害になってからとにかく時間はあったので、購入してから毎日欠かさずに瞑想するようになりました。

ヨガで自分の心の平穏はかなり取り戻されていたのですが、瞑想をしたことで一番大きかった変化は「感謝できるようになったこと」。

それは人に対してはもちろん、一番大きかったのは自分に対して。

これまで自分の欠点やできないことばかりに目がいき、常に自分にバッテン×を付けて生きていました。

「何で私はこうなんだろう…」といつも自分で自分を傷付けていました。

それが瞑想をするようになったことで初めて、自分のできていないところやどうしようもないところも受け入れて、

「それでもこれまで頑張って生きてくれてありがとう!頑張ったね、私。」と初めて思えるようになりました。

これは、瞑想を始めなかったら絶対に起きなかった変化だったと思います。

瞑想は恐怖や不安などの感情や情動の処理に中心的な役割を担っている“扁桃体”に効果的らしく、きっとそれが良い方向に働いたのかと。

とにかく瞑想を始めてからの自分は、見える世界が180°変わりました。

マイナスもプラスも、ネガティブもポジティブもなくフラットだと考えられるようになったり、

+-は統合するとフラットになると言われるのですが、それも理解できるくらいの精神状態にはなりました。

適応障害になる前までは周りの人たちは全て敵だと思っていたし、誰も私のことを理解してくれない、なんてクソみたいな世の中なんや!とさえ思っていました。(本当に心が滅びていたと思います)

きっとそれは「感謝」というテーマで全て片付けられると思っていて、

「今日も晴れていることにありがとう」とか、「隣に彼がいてくれてありがとう」とか、

そういった些細なことすらも感謝できないようになると、幸せを感じられなくなるのは当然でした。

“満たされない”という“欠乏”のマイナスのエネルギーを追いかけることから、一度ゼロのフラットに戻ると、ようやく本当の自分の気持ちが見えてきます。

「無い」ものではなく、「有る」ものに目を向けられるようになると、自然と色々なことに心から感謝できるようになっていきました。

90日間毎日書き続けたノート

もう一つ、「無い」ものではなく「有る」ものに目を向けられるようになった習慣の一つに、90日間毎日欠かさずに書き続けたノートがあります。

以前知り合いが心理学の研修のようなものに参加して価値観が大きく変わった話を聞いた時に教えてもらった方法で、毎日一日も欠かさずに90日間続けて下記のことを書くというノート術です。

・自分の魅力

・夢・希望・願望・目標

必ず、「90日間連続で書き続けることが重要」なんだそうです。

例えばもし一日でも書き忘れた日があると、もう一度振り出しに戻って1日目としてカウントし直す必要があります。

こちらがその時の実際のノート

自分の魅力や夢・希望・願望・目標は、以前書いたことと被ってしまっても良いのですが、「見ながら書き写す」のはNG。

毎日真っ白の状態から書くことが条件。

そして私はアファメーションも項目として勝手に追加してやっていましたが、必ず書く項目は上記2つ。

そして、夢・希望・願望・目標は「断定的」且つ「叶った時の状態」の言葉で書くというものでした。

これを毎日欠かさず書いて90日間騙されたと思って続けると、90日経った頃には見える世界が大きく変わります。

自分のダメなところ、できてないところ、無いものにばかり目がいっていた見え方から、

自分の良いところ、できているところ、有るものに目がいくようになりました。

これは私にとってかなり大きなパラダイムシフトでした。

まるで自分で自分をビンタして傷付けていたようなところから、自分で自分をハグしてあげられるようになりました。

そこから随分と生きやすくなったのです。

結局のところ、人にこう思われているんじゃないかと感じることは、実は自分が自分に対して思っていることだったんじゃないかと気が付きました。

自分で自分をハグしてあげられるようになったら、そういった周りの目やこう思われてるんじゃないかという「ありもしない声」が聞こえてこなくなりました。

これはあくまでも私が体験したことであって、全ての方に当てはまることでは決してないのですが、試してみる価値はあるのではないかと思える方法ですので、誰かの何かのきっかけになったら嬉しく思います。

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ABOUT US
ひろこしEssential Club 主宰
30代アイドル業界勤務、夫と二人暮らし。
大学卒業後、約6年間の会社員を経て適応障害になったことがきっかけで2020年に独立。王道の敷かれたレールを諦め、フリーランス7年目。
仕事も暮らしもシンプルにして本質に立ち還ることで、自分らしく心地よいところを追求しています。